アントニオ・ホセ・デ・スクレ・イ・アルカラ は、南アメリカの諸国をスペインから独立に導いた軍人、政治家。第2代ボリビア大統領。初代はシモン・ボリバルが名目的な立場のみだったので、事実上の初代大統領であり、またボリバルの部下かつ良き理解者としても知られる。
ベネズエラ東部のクマナで生まれ、スペイン領アメリカの独立戦争の勃発とともに独立派の軍に入り、士官としてベネズエラ東部で戦歴を重ねた。1819年に准将になり、1820年にはスペイン軍とコロンビア 軍の休戦にあたって戦争規制条約を結んだ。1821年にエクアドルの独立派の救援に赴き、翌年ピチンチャの戦いでこの地のスペイン軍を破った。1823年からはペルーの独立派を援け、1824年にアヤクーチョの戦いで南米独立戦争の最終的な勝利を決した。この戦功で大元帥になった。ボリバルとともにボリビアの建国にあたり、1826年から1828年まで同国の大統領を務めた。1828年に当時コロンビア領だったキトに住み、ペルー軍の侵攻をタルキの戦いで阻止した。1830年にコロンビアの国会議長になったが、同年に暗殺された。
Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/アントニオ・ホセ・デ・スクレ
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