プラオサン寺院 が、ヒンドゥー教を奉ずるサンジャヤ王統のラカイ・ピカタンと結婚したことにより建立されたといわれる。このことからプラオサン寺院は825-850年のうちに創建されたと考えられている。
時代としては、碑文により同じく9世紀中頃 とされるプランバナン寺院の年代に近いが、当初の複合体との関連はない。しかし、プラオサン寺院は、創建された当時とかなり異なる構成となっており、北プラオサン寺院の南主祠堂もかつての構造物の上に構築されたと考えられ、プランバナン寺院の新しい建築技術による構築方法は、北プラオサンの主祠堂などにも認められている。
1941-1948年にかけて北プラオサンおよび南プラオサンの一部の修復がなされた。その後、1962年に北プラオサン寺院の主祠堂が考古学局により修復された。一方、南プラオサン寺院は、1990年に中部ジャワ古代遺物保存局 により修復されている。2006年には、プランバナン一帯に被害をもたらしたジャワ島中部地震により、プラオサン寺院においても損傷が認められた。
Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/プラオサン寺院
landingPages.LANDING_PAGE.DETAIL.COORDINATES -7°44'25.995" N 110°30'16.386" E