慶熙宮 は、現在の大韓民国ソウル特別市にある李氏朝鮮時代の宮殿。光海君8年 に建立された。ソウルにある5大宮殿の中で西側に位置して西闕とも呼ばれ、塞門安大闕、塞門洞大闕、アジュゲ大闕ともいった。朝鮮の離宮として慶運宮 と虹橋で繋がっていた。李氏朝鮮後期には第2の宮殿とされ、非常時に王が移る場所とされた。大韓民国の史跡第271号に指定。
19世紀後半に興宣大院君の景福宮再建の過程において慶熙宮の主な殿閣を撤去し資材として充てたのに次いで、日本統治時代を経てほぼ完全に破壊され更地に変貌した。残存していたいくつかの建物も市内各地に移設されていった。跡地に日本人学校の京城中学校が建てられた。解放後にソウル高等学校となった。1980年、ソウル高等学校の瑞草区への移転以後、ソウル市立美術館として使用されたが、再び建物を取り壊し慶熙宮を復元した。ソウル高等学校の別称と慶熙大学校の名称はここに由来する。
かつての宮殿敷地はより広大だったが現在は狭くなっており、跡地の一部にはソウル歴史博物館、ソウル市教育庁、ソウル福祉財団、大韓サッカー協会、救世軍会館など政府や民間の様々なビルが建つ。2013年にソウル市と鍾路区庁は総合整備基本計画を定めており、慶熙宮のさらなる復元を段階的に進めることになっている。周囲の土地の買収、興化門の元の位置への移動、ソウル市立慶熙宮美術館 の撤去、防空壕の撤去と移転などが含まれる。
Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/慶熙宮
Official Website http://www.museum.seoul.kr/www/guide/vis/GHPShow/GHPInfo.jsp?sso=ok%20%EB%8D%94%EB%B3%B4%EA%B8%B0
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